がんから解放される未来を目指して
──光のエネルギーによって、がん細胞を破壊する。今までにはなかった治療法なんですね。
「光免疫療法」の仕組みを簡単に説明すると、こうなります。患者さんに薬剤を点滴で投与すると、それが徐々にがん細胞に集まっていき、1日くらいでがん細胞に薬がたくさんくっつきます。そこにレーザー光(近赤外線)を当てると薬剤の成分が化学反応を起こし、薬がくっついたがん細胞だけを破壊するという仕組みです。
この治療法では、通常6~9割のがん細胞を死滅させることができます。薬剤自体も使用する光も人体に害を及ぼすことはありません。
正常な細胞にダメージを与えることなく、がん細胞だけを選んでやっつけることができ、さらにはがん細胞に対する免疫(ウイルスや細菌などの有害な物質から体を守る反応)を活性化させることも確認されています。
患者さんへの負担が少なく、その後の再発まで防げるというのが大きなメリットです。
──まさしく患者さんにやさしい治療法ですね。2020年には光免疫療法で使われる新薬が世界で初めて日本で承認され、2021年から再発頭頸部がんに対する治療が健康保険適用下で始まりました。アメリカを含む他の国でも正式認可への期待が高まっています。
まだまだ世界に先駆けて、日本で健康保険を適用した臨床での治療が始まったばかりです。現在、「光免疫療法」の対象となっているのは、頭頸部がん(耳・鼻・喉・口・舌のがん)のうち、手術が難しいものや局所再発した進行がんに限られます。ですので、今はまだ治療を行った患者さんは数百人程度と多くはありません。
ただ、この新しいがん治療法が、現実の医療として届けられるようになった。これは大きな一歩だと思っています。
順調にいけば、今後は乳がん・子宮頸がん・大腸がん・肝臓がん・腎臓がん・肺がん・すい臓がん・前立腺がんなど、ほとんどのがんに対応できるものと考えています。おそらく2020年代のうちには、全体の8割から9割のがんを治せるようになるのでは、と見込んでいます。
今はまだ全国で100程度の施設と数百人の専門の医師にのみ許されている治療法ですが、近い将来、街のクリニックなどでも治療できる日がやってくると信じています。
──「すべての人が、がんの苦しみから解放される世界」。まさしく先生が描かれている未来像ですね。
目の前にあるがんを治すだけでなく、転移がんや再発もすべて無くす。私が当初から目指してきた最終ゴールはそこにあります。
ただ、私が生きている間に、この治療法は本当の意味では成熟しないかもしれません。それほど「がん」という病気は複雑で多岐に渡っており、希少がんまで含めた対応を考えたら、それこそ途方もなく長い道のりです。
今はまだ、「決勝レースの一歩目」を踏み出したばかりというところでしょうか。でも、どこまでいけるか、これからも挑戦を続けたいですね。